「『歌唱力』の構造」第1章 世間一般から見た『歌唱力』

5."評価"できる楽曲に頼って起こること
〜アップ・テンポは邪道?〜

さて、前節でニッポン人の「リズム感」の育成が阻害されている、と述べましたが、 そのことがどんな風に出てきているか、重要な話なので、ここで触れておきます。

実は、リズム感というのは、アップ・テンポの曲や、特殊なビートの曲 (たとえば16ビートなどはその典型)で試されるものなのです。
ところが、これらの曲があまり歌謡界に流通しないために、アップ・テンポの曲や、 16ビートの曲など、リズム感を学習するよい材料が庶民に提供されないことに なってしまいました。
内田有紀が、曲名は忘れましたが、8ビートでテンポ(4分音符)=150の曲を 歌うとき、某深夜番組のインタビューに答えて、「この曲ってすごく速い!」と 言っているような状況が生まれてきてしまいました。
こうなると、もっとテンポの速い曲に対して、いまのニッポン人は 反応できるのだろうか? とまじめに心配してしまいます。
いま流行りのダンス・ビートの曲ですら、通常のテンポは8ビートでテンポ (4分音符)=130台が限界値の目安であるようです。それでは、140以上は 「クレイジー!」というのでしょうか?
さらに言えば、8ビートの曲ですらこれですから、16ビートの曲になど ノれるわけがなく、まったくアフタービート(音楽の時間に習いましたよね、 リズムにノるための基本です!)が刻めないことになってしまうのです。
まあ、逆にいえば、聴く方がそれでは、作るほうは聴く方に合わせるために、 どうしてもテンポを落とした曲を作らざるを得ない、というのが、売るために 現実を踏まえた作戦なのでしょう。
筆者が歌謡歌手診断の活動をはじめた1970年代後半の段階では、アップ・テンポと ミディアム(中間)・テンポの境目は、だいたいテンポ(4分音符)=140に 置いていましたから、いまやアップ・テンポの曲は絶滅の危機に瀕している、 ということになりましょう。

この状態をさらに続けていくと、ニッポン人は、猛烈にリズム感の欠如した民族、 というレッテルを貼られかねません。
音楽研究家の大橋力氏(実は芸能山城組の主宰者・山城祥二氏)の発言を借りると、 かつてニッポン人は、能の声明という「16ビート」の文化を持ち、世界的にも 進んだリズム感を持つ民族だった、といいます。 それが、いつの間にか 世界的にみても明らかな「リズム後進国」になってしまった。このことが、ニッポンの 音楽事情の貧困さを、もっとも強く物語る証拠になっている、と言わざるを得ません。 そして、これを挽回することは、もはや並大抵のことではない、といえましょう。 詳しくは、最終章で再度述べることとします。

ところで、歌謡界に戻ると、現状ではアップ・テンポの曲では 『歌唱力』の評価はおろか、ヒットにもひっかかってこない、というのが 正直な実像だ、ということをお話ししてきました。これが副題の 「アップ・テンポは"邪道"?」ということばにつながってくるわけですが、 逆にそのような状態だからこそ、筆者は後述する「『歌唱力』分析チャート」に、 「リズム感」の項目を設けざるを得なくなってしまった最大の理由です。
「『歌唱力』分析チャート」の第1版(1980年代後半にはすでに草案がありました) では、「リズム感」は「基礎」の一項目でしかありませんでした。しかし、第2版を 作成するうえで、見直し検討した結果、「基礎」にしておくと歌手の歌唱特性が 説明しにくい、ということから、仕方なく独立させたのです。そしてその中を、 さらに一般にノりやすいものからノりにくいものへと、二つに細分化しました。
これ以上のことは、第2章での内容になりますので、ここでは述べませんが、 CDの売り上げとは関係なく、猛烈に貧しいニッポンの音楽事情を変えていくには、 相当なエネルギーと、時間がかかります。こうなってしまったことを、筆者は 本当に残念に思います。

Copyright(c) 1998,1999 歌謡歌手診断士:石原隆行 All rights reserved.

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1998.09.10作成
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