「音感」
「絶対音感」。 最近のベストセラー本である。 中身は、どうやら「絶対音感」のある人、ない人の違いと、 持ち主へのインタビューなどを通した深い洞察、といったところであろうか。
でも、同じ時期に、「絶対音感」などない! といいたげなタイトルの本も出ていた。 こちらは、音程には2種類あって、 一般に「絶対音感」として話題になるのは「平均調」だが、 もうひとつ「純正調」というものもあり、 こちらにも注目すべきである、といった内容であった。
日本でも、このふたつの「調」が混在している。 西洋伝来の音楽や、学校・一般の音楽教室では「平均調」を正としているようだが、 日本古来の民謡などは、まず間違いなく「純正調」が使われていよう。
「絶対音感」というものは、このふたつのどちらかでしか持ち得ないものであり、 「平均調」の絶対音感を持っている人が「純正調」のコーラスなどを聞くと、 自分の「絶対音感」から音が外れているため、不快に聞こえることがある。 ものは必ず一つの方向からだけでなく、複数の方向から見る必要があることの好例であろう。
むしろ極端な話をすると、 ジャンルにこだわらず音楽一般を広く楽しむためには、 「絶対音感」は必要どころか、邪魔になることすらある、ということになるのである。 そして、このことからして、「歌唱力の要素として、『絶対音感』は不要」ということは明らかである。
とはいえ、「相対音感」まで不要、といっているわけではない。 これは歌を歌う上で、絶対に必要なものである。
一般にいわゆる「音痴」には2つのタイプがあって、 ひとつはこの「相対音感」が不足しているタイプ、 もうひとつは「相対音感」はあるものの、それと同じ音をうまく発声できないタイプとなる。 後者は最近よく研究されて、救われる道もあるようだが、 前者に関しては、残念ながら「歌唱力」以前の問題として失格、と言わざるを得まい。
さて、このたび、この領域が特に求められる分野を発見した。 それは、「『おかあさんといっしょ』のうたのおにいさん・おねえさん」である。
1999年4月のメンバー交替で、「あゆみ」おねえさんの後継となった「りょうこ」おねえさんは、 某ウェブ・サイトで「歌が下手」とかなり厳しく評価されることとなった。 ある音楽大学の声楽科に在籍していた、いわば「専門家」の前任者と比較するのはかわいそうだし、 選んだのはNHKなのだから彼女自身には責任はない。 しかしながら、たまに音階どおり正しく歌えないことがあることを主たる原因として、 こう評価されたわけである。 そしてそのことは、 やはり「音感」が基礎として非常に重要な位置を占めていることの思わぬ証明となったのである。
「声域」
よく「誰々は4オクターブ半もの音が出せる」などという言葉を聞くが、これが「声域」である。 低音から高音まで、どれだけの範囲の音を声として出すことができるか。 広い声域を出せるほうが、武器になることは間違いない。
この「声域」、それがどの範囲で地声なのか裏声(ファルセット)なのか、 というのも見落としてはならない点である。 西洋音楽では裏声が基本のようだが、ブルガリアの女声合唱のように地声が基本、というものもある。 また、地声と裏声とで声域を稼ぐ場合、その境目でどう自然に声を切り替えていくか、という課題も出てくる。
「声量」
声量については、あったほうがいいことに違いはない。 ここでは、「声量」は、単純に肺活量の多さ、 およびそれを瞬発的にどれだけ行かせるか、ということとして理解していい。 ただし、「歌唱力」全体から見れば、 決して肺活量が多く、それを上手に生かせればいい、という問題ではなく、 そこにいろいろな要素がはいりこんでくる。 例えば、腹筋や心肺持久力の強さ、身体を「反響体」とすること、といったものである。
これらの要素は、のちほど「基盤編(2)」で述べる「声の伸び・張り」と密接な関係を持ってくるものである。
「発声」
これも一筋縄ではいかない要素である。 声の「質」については基盤編(1)に譲るのでここでは触れないが、 「声の強弱」「発声法」の2点については、基礎的要素とできよう。
「声の強弱」については、 特に弱いピアニッシモから、特に強いフォルテッシモまで、 声の強弱をしっかりつけることができ、なおかつピアニッシモでも声が聴く側に届かなければ意味がない。
また、発声法については、 いわゆる「ノド声」ではなく、腹式呼吸で「おなかから出す声」で歌えることが重要となる。
それから、厳密に言えば、 西洋音楽式に「ファルセット(裏声)」を基調とした発声をするのか、「地声」を基調としたそれなのか、 という区分もあるが、これもまたむしろ基盤編(1)で問われてくる項目なので、ここには含めないこととする。
「発音」
最近、かなり軽視されているのがこの「発音」である。 アメリカでは英語が正しく発音できないとポピュラー歌手としては失格、ということらしいのだが、 逆に日本では曲に合わせるためにわざと変わった発音をするようなことがしばしば行われているようである。
しかし、歌はやはり「歌詞」にこめられた「メッセージ」を伝えることを大きな役割としているはずで、 あまりに「発音」が軽視されるのはやはり問題となるであろう。
歌唱力を評価されるためには、 やはりこの「メッセージ」を伝えるための「正しい発音」ができていることが「基本」なのである。
Copyright(c) 1998,1999 歌謡歌手診断士:石原隆行 All rights reserved.
このページは です 無料ホームページをどうぞ
1999.05.19作成 1999.09.28更新 ka_ka_shin@yahoo.co.jp